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MESSAGE 研究科長からのメッセージ

 
 

「法と政治を学ぶということ」

今から百年前の世界は、ちょうど第一次世界大戦のさなかにありました。それ以前の国家間の戦争とは異なる、国民を総動員しての「総力戦」の時代が登場したのです。そして、百年後の現在の国際情勢は、2015年のパリのテロ以降、2016年3月のブリュッセルのテロも含め、新たな異次元の「戦争」の時代に突入している観を呈しています。テロの問題と直接的に関連してくる難民問題、間接的に関連すると思われる地球環境の気候変動問題など、アジアや国内の情勢も合わせて考えてみれば、21世紀の10年代後半は大きな分岐点に立たされていることは否定できないように思われます。
 このような時代にあって、法と政治を学ぶ意義について、すこし、言葉の歴史を手がかりに考えてみましょう。政治politicsの語源は古代ギリシアの「都市国家ポリス」にあることはご存知のとおりです。法の歴史を学ぶと「ローマ法」の重要性に気づくことになります。このローマ法はラテン語でius civile(冒頭のiはjとも表記されます)、英語訳はcivil lawとなります。形容詞のcivileに「ローマ」という意味は直接、出てきはしません。この形容詞は「(ローマ)市民の」という意味なのです。つまり、古代ローマが都市国家であった、その市民法ということになります。このcivileの名詞形はcivitasですが、civitasは「都市国家」ということであり、ギリシア語のポリスと同義語です。あたかも、ギリシア神話の最高神「ゼウス」がローマ神話で「ジュピター」になるがごとし、です。政治や法は、このように、「都市国家」から起こったことになります。
 古代ローマはその勢力を拡大し、civilな法とは別の、ius gentium(直訳すると「諸国民の法」)も出てきます(ちなみに「international law(国際法)」はベンサムの造語です)。英語訳のcivil lawでおわかりのように、ローマ法は基本的に民法を内容にしていますが、ius gentiumにたいしては「国内法」ということにもなります。このような用語法はcivil warが「内戦(典型的にはアメリカの南北戦争)」であることにうかがえます。
 21世紀の現在はグローバル化の時代と言われますが、冒頭にかかげた諸問題をcivilの観点から捉え返すことが重要なのではないでしょうか。つまり、第一義的に、グローバル化とは「世界の国内化」でもあるというように、視点を逆にしてみることです。問題を他人事としてではなく、地球「市民」の視点から向き合うということです。さらにcivilの観点から捉え返すとは、ものごとをius gentium的な軍事的な力によってではなく「civilに解決していく」ことであり、そして「文明としてのcivilを視野に入れておく」ということです。文明ということば、civilizationにはcivilが入っていますね。このような形容詞civilの多義的な意味については、モンテスキューの『法の精神』からヒントを得て、今回、考えてみたものです。ちなみに、写真の机上にある二冊の本が名古屋大学所蔵の貴重書、1748年真正初版の『法の精神』ジュネーヴ版、手の下に隠れて見えるのはパリ版『法の精神』(ポルタリスの蔵書票付き)です。大学で学ぶということは、原典が身近にある点で高校までの勉強とは違うと言えましょう。
 名古屋大学法学部は、戦後の1948年に法経学部として誕生し、2年後の1950年に法学部となりました。現在は50名あまりの多彩な教員スタッフを擁し、法学・政治学の講義・ゼミナールで、自分の関心あるテーマに主体的に取り組む環境が整えられています。インターンシップも早くに単位化されていて、就職など進路指導のノウハウもしっかりしています。国際交流も非常に活発であることも、すぐにおわかりいただけると思います。2016年には、アジア法交流館が法学部棟の南側に落成しまして、新たな知の拠点となることが期待されています。このアジアの中で、名古屋大学法学部が築き上げてきた知の伝統を、まさにtraditioする(「引き渡し」という法律用語でもあります)、すなわち、時間的には次世代に伝え、空間的には世界へ発信していくことをいっしょに目指してみようではありませんか。
                        
法学研究科長・法学部長 石井 三記